愛知万博に関する日々雑感


万博日記



「愛知万博私案 2001年愛知環境宣言」


万博日記その2

2000/02/09
愛知県の万博関係者がBIEに会いに行った。先般、住宅事業を見直せとのアドバイスをもらったことに「説明不足だった」と居直り、再び「真意を確かめに」行ったのだ。
これって非常に失礼なことではないか?BIEはわざわざ海上の森を視察し、神田知事には書面で「見直し」を求めたのに、関係者だけが「理解できずに」真意を確かめると言っているのだ。世界の常識は「土地開発型万博にNO!」と言っているのに、そのことが理解できない。


2000/02/02
新住宅事業について愛知県の杉山建築部長が住宅計画は4年もかけて綿密に練った計画だから簡単には変更できないと発言したことが中日新聞に載った。
どこが綿密?2000戸の販売計画や「誘致を予定している」と言っている研究機関はまったく特定されていない。収支計画がないのに、どこが「綿密な計画」であり「環境に配慮」された住宅なのか、根拠を示してほしい。
何度も繰り返すけど、住宅事業に必然性はないし、万博との関連も薄い。単にお金を調達するだけの理由でつくられた計画ということは、BIEをはじめ世界の環境保護団体はすでに見抜いていることだ。

昨日WWF JAPANにここのHPのことをメールしたら、早速今日、返事が来た。公的な団体からの返事としては異例の速さだ。
いままで公的な団体、政党、機関、マスコミにメールして、ちゃんと返事が来たのは自由党だけだった。民主党は自分たちの「もうひとつの国会中継」を知らせるメールのみ。
この辺にも、ネットワークに対応したところと、ぜんぜん対応できないところの「差」が出ていると思う。
WWFには募金(寄付という形式)をする予定。世界の森林を守る運動への募金だ。


2000/02/01
風が吹き始めている。愛知万博と住宅事業に対する「見直し」の声が出ている。
しかし、その声に感応しないのが万博協会の人々、官僚さんだ。いまだにBIEからの指摘に「説明不足」を繰り返す無神経さ。どうにもならない。

1800億円かかると万博協会が申告した愛知万博を、既存の施設(名鉄の負の資産など)の利用とネットワークによって1200億円でできるとしたら、中部財界はどちらのプランに賛成するだろうか。
ここのHPでも提案しているが、万博のテーマの再構築(地球と個人の関係の認識を促進すること)と海上の森の保存、ヴァーチャルパビリオンを核としたネットワーク万博を実行すれば、1200億円の予算でも十分できるのだ。

万博協会は1800億円の具体的な根拠を示すべきである。何に、いくら使う予定なのか。それが万博後も資産として残るのか。そして、いままでにいくら使ってきたのか。いますぐ明らかにしてほしい。
中部国際空港での使途不明金や汚職があっただけに、万博こそは、会計をすべてオープンにすべきなのである。


2000/01/27
迷走する愛知万博。リーダー不在のまま、なしくずしに「住宅事業」が進行していくのか?
連日のように地元の中日新聞に愛知万博が記事となって掲載されている。しかし、どの記事も核心をついたものはない。行政なり、官僚さんなりが発表したことのレポートばかりなのだ。国の政治家は、名古屋の藤前干潟問題で現職の環境大臣が落選したのを目の当たりに見ている。反・末広まきこ票も潜在的に30万票近くあることも知っている。

「環境」や「自然」との共生をテーマとするならば、愛知万博の「思想」は「自己認識」であるはずだ。
「自然の中の人間」「地球と個人」「森と私」「生き物と自分」など万博を通して、自然や地球環境の中の自分のポジションを再認識できるような装置がほしい。お祭りはいらないのだ。
万博協会は参加した人が楽しめるイベントやお祭りを優先しているように思われてならない。そんなアイデアしか発表されていないからだ。
そうではなくて、ネットワークを使って、世界中の人々が「地球とのかかわり方」や「自然との付き合い方」をリアルに(そして楽しく)認識できるパビリオンやイベントを構築していきたいと思う。


このHPの存在を民主党、深谷通産大臣の個人HP、中日新聞、TBSのニュース23にメールで知らせたけど、どこからも返答なし。
うーん、2年前から発信しているのに、なんとか役に立ちたいと思う。


2000/01/20
瀬戸市海上の森の陶龍寺の山田さんからメールをいただきました。
海上の森には一般に知られていないさまざまな史跡があり、これらが十分な調査も行われずに万博事業や新住宅事業のために破壊の危機にさらされているとのことです。
詳しい内容はHP「陶龍寺〜尾張瀬戸海上の森、隠された歴史の地〜」にあります。
海上の森の物見山には、以前は案内板があり、これらの史跡を案内していたそうですが、瀬戸市の調査では「史跡はない」との判断で、いまは外されているそうです。
開発の名の元に文化史跡を隠蔽しているとしたら、愛知万博の開催と同時に瀬戸市は世界の笑いものになるでしょう。万博を起爆剤とした瀬戸市の産業振興をもくろむ人々はそのとき責任をとるのでしょうか?


昨年秋、海上の森を視察したBIEの方が非公式に万博協会に伝えた「いまのままでは愛知万博は承認できない」旨のメモが中日新聞にスクープされた。
連日、中日新聞の1面を万博記事が飾ったのだが、万博協会も通産省も、そして愛知県の神田知事も相変わらず世界の環境問題の流れをまったく理解せずに、同じコメントを繰り返している。
ここの日記でも何度も繰り返したが、「1本の木を切る」万博は「自然との共生」も「環境」もすべて否定してしまうほどの意味を持っているのだ。木を切った土地にパビリオンを立てた「おめでたい企業」は世界の笑い者になるであろう。
それがどんなに日頃環境問題に取り組んでいても、ISOを取得しているような企業でも、世界の常識は「住宅事業と万博」の関係を見抜き、それらの企業を否定するであろう。

BIEは今年の年末まで、万博案の修正を待ってくれると言っているのに、万博協会は無視している。そういう未来の見えない人間にやらせるべきではない。
1800億円も使って、お祭りをやろうとしている「まさに頭の中がお祭り」のお気楽な官僚は、愛知県から去っていけ!

このHPでも提案しているように、愛知県そして岐阜県、三重県が一体となって、市民レベルの環境運動に取り組むべきである。
万博の啓蒙を「マラソン」でやろうなんて貧困な発想の官僚は、たったいま所属官庁に帰ってくれ!
地球はこの瞬間にも汚染が広がり、いくつかの種が絶滅しているのだ。その危機感を想像できない人が万博のプランにかかわるべきではない。
愛知県の市民ひとりひとりが世界に向かって胸を張ってアピールできる万博にしなければならないのだ。産業振興も、イベントも、お祭りもあとからついてくるものではないのか。集客とイベントばかり考えている万博協会はスタッフの入れ換えをすべきである。プランの提示の締め切りが年内では間に合わないのなら、小渕首相にかけあって、BIEに猶予をもらえばいいではないか。
21世紀初の万博は、そのまま21世紀の人類の方向性を示す場となるのだ。21世紀の地球の姿を決めるかもしれないイベントになるのだ。その意味をわからない人は去れ!そして、21世紀の地球を守るプランを出すという約束でBIEに猶予をもらおう。

このHPを英訳して、BIEにメールしてくれる方を募集しています。
このままのプランで愛知万博が実行されるのなら、市民をネットワークして「もうひとつの愛知万博」をヴァーチャルネット上で開催するつもりである。
賛同される方、協力していただける方からの連絡を待っています。


2000/01/01
いよいよ2000年。今年はドイツのハノーバーで万博が開催される。愛知万博と同じ「環境」をテーマとした分散型博覧会である。
ここで何度も繰り返したが、今年も同じことを繰り返し主張したい。
愛知万博は、なぜ「海上の森」で行わなければならないのか?
万博協会は「世界ではじめて森で開催する万博である」と主張している。それが正しいのか?「環境」や「自然」をテーマとする万博が、たとえ森の木を1本切ることが、どこに正当性があるのか?
協会の事務局長が新聞のインタビューで「愛知の経済振興のための万博」と言っているが、本当にこの方法が正しいのか?
1点でも「ごまかし」があれば、それは世界に「嘘」をつくことになる。世界はごまかせない。森の木を伐採し、自然を破壊することは、必ず世界から疑問を投げかけられるはずだ。
愛知県民として、そのときに胸をはれる万博を実行したい。誰のためでもなく、地球のため、人類のため、胸をはれる万博を作りたい。


1999/12/09
愛知万博には強烈に推進するリーダーがいない。もともと、愛知を含めた中部圏の経済活性化を目的として開催が決められたのが愛知万博である。このことは、万博協会のトップも新聞などで発言している。
つまり「自然の叡智」だの「自然との共生」だのといった言葉はあとから考え出されたものなのだ。必然性がない。だから、市民がついてこない。
経済優先だから、海上の森の木を伐採しても「自然との共生」などと世界に堂々とアピールしているのだ。この無神経さが、経済の名のもとに横行している。はずかしい。
予算もあいまいだ。なぜか?新住宅事業とジョイントしているからだ。愛知万博の跡地利用という名目はあっても、これも必然性がない。第一、住宅事業として研究機構の誘致と言っているが、具体策はまるで示されていないのだ。

そこで、以下の提案をしたい。
1。愛知万博と新住宅事業の予算の完全分離
2。新住宅事業は「環境関連事業」との官学共同、産学共同とし、新しい産業育成プロジェクトとする
3。愛知万博を推進する「指令塔」的な機関を知事直轄で設置する
4。愛知・岐阜・三重の3県を視野に入れた「環境問題提案型」万博とする



岐阜県には、「河川に関する世界サミット」の実現、キャンプに関する指導者の育成とアウトドアの正しい知識の啓蒙、「森林保護に関する世界的な規模による研究および実践」のセンター作りなどをやってほしい。
木曽三川公園などがその会場にふさわしい。
イベントとしては、多治見などを中心とした美濃焼きをベースとした「セラミック文化と人間」をテーマとしたイベント。例えば世界の人たちに「茶の湯」を体験してもらう。世界ジャンボリー、キャンプ週間の実施なども有効である。
三重県には、あらためて「四日市公害」を検証してもらい、アジアやアフリカなどの現状起こっている公害問題への対策と支援をベースとした「世界公害サミット」の実現。さらに「海」の環境汚染と漁業問題についても同様にリーダーシップを発揮して、世界的な規模のシンポジウムを開く。
イベントとしては、鈴鹿サーキットでのソーラーカー・レース、伊勢・鳥羽エリアでの「海」をテーマとしたミニイベントの開催。とくに水族館と人間のかかわりが楽しめるイベントを開催したい。
両県に期待したいのは、愛知万博の会場だけではフォローできない「自然」および「環境」に関する問題の提起と具体的なシンポジウムやイベントの開催である。


1999/11/26
万博の意志とは?
海上の森の工事がはじまった。ボーリング工事である。あれほど声高に「環境万博」「自然との共生」を、世界に向けてかっこよく叫んでいるのに、自然を破壊するという前提を捨て去ることができない。
市民団体の指摘で、天然記念物ギフチョウの食草であるスズカカンアオイが、工事関係者によって踏み荒されている。協会側もその事実を認めた。
これが、愛知万博の意志である。
県民一体となって?世界中が参加できる?その理想を掲げる前に、まず足元から「環境万博」の意志を徹底させないと!
予算と工事だけが先に進む万博。テーマは空虚に空回りする。会場構想やパビリオン構想がひとり歩きしている。
「1本の木も切らない万博」としたほうが「自然との共生」よりも具体的で、説得力がある。そして、本当に1本の自然林も伐採することなく、万博を遂行するのだ。


1999/11/12
万博についての気になる動きの紹介です。
ひとつは万博のブレーンである建築家の黒川紀章さんが、万博についていろいろ提案したのだが、事務局が取り合ってくれないといったことを中日新聞に訴えていた。
気になるのは、黒川さん以外にも何人かのブレーンが事務局から依頼されているはずであるが、その人たちの提案はどうなったのか。これも「秘密」にするのか。また、ブレーンに対して「お金」は発生していないのか。
お金だけもらって、たいして提案していない「無能なブレーン」にはお金の返却を求めたい。市民に開かれた万博を標榜するのなら、ブレーンリストとその提案をすべて公開すべきである。

もうひとつ気になること。
協会はどうやら本気で「海上の森」にパビリオンを建設するらしい。しかも民間パビリオンがここに集中する。
出展する民間企業の担当の方、ここのHPを見ているとは思えないけれど、この場を借りて忠告しておきます。
「海上の森」への出展=自然の破壊を表明した瞬間、世界中の自然保護団体からの猛烈な抗議を受ける覚悟がありますか?
企業のたてまえ上、いかに「自然保護」や「環境にやさしい」などとアピールしていても、明らかに貴重な自然を破壊する「海上の森」へのパビリオン建設は、必ず世界の「笑いのも」になります。


1999/11/12
久々の更新。いろいろなところにここのHPを紹介したが、どこからも返事・返信はなし。
地元のマスコミにも担当あてにメールを送ったが、まったく反応なし。「市民がつくる愛知万博」の事務局にもここのHPをプリントアウトしたものを送ったが、これも反応なし。
反対派の方からは、ちゃんとメールや手紙で返事をもらったのだが、推進派からは、ただの1度も返事がない。なぜだろう。内容がどうであれ、こちらからきちんと挨拶文をつけ、送っているのに、「無視」である。
忙しいからだろうか?それにしても、推進派の人たちの「人間性」の部分に疑問が残る。それでいて、「一般市民参加型の万博」だの「市民の声を広く取り入れたい」だのきれいごとばかり並べている。
「市民の市民による市民のための万博を目指す」と言って「2005年地球市民ネット・夢倶楽部」(代表世話人・佐藤真起子さん)にも、HPのプリントを送ったが、なしのつぶて。うーん、マスコミに言っていることと、実際の対応にギャップがあるなあ。

ということで、この手の市民団体には今後関わりをもたないということで、再び独自に提案をすすめていきます。


1999/09/22
万博会場へのアクセスについて。
海上の森はあくまで保全するという自然保護団体の案に賛成するとして、海上の森のフロント部分にはメイン会場を作る。愛知青少年公園がサブ会場となると、この2会場を結ぶ距離が約4キロである。
この2会場を結ぶことの「グリーンロード=サブ会場案」は別途提案するので、そちらを参照してほしい。
万博開催期間中、会場周辺の「乗り物」として、自転車、ミニ電気自動車(ゴルフカートのようなもので、10人くらい輸送できるようにする)、人力車、中国などで見かける人力自転車、篭、馬車など古来の乗り物を復活させる。


1999/09/20
万博会場へのアクセスについて。
1日4万台のクルマが来ると試算した万博協会。そのために10ヶ所の駐車場を設置し、「パークアンドライド方式」を採るのだという発表があった。
グリーンロード(広小路通り=名古屋長久手線)は平日でも渋滞している。仮に万博会場周辺へのクルマの乗り入れを規制しても、そのまた周辺で大渋滞が起こるのは必至だ。
だからこそ、分散会場型万博を提案したのだが、それは置いておくとして、問題はクルマでの来訪そのものを「ゼロ」にできないかという発想の転換だ。
会場の半径10キロのクルマの乗り入れを規制する。十分な駐車場の確保と、駐車場までの交通渋滞の完全解消。駐車場から会場までを「第2の万博会場」にするソフトウエアの準備。会場移動によって、万博に「参加する」ことができるソフトウエアを用意する。


1999/08/16
『2001年 愛知環境宣言』の提案をしたい。
2005年の愛知万博に向けて、県内の行政単位での具体的に実現可能なテーマを掲げての「環境都市づくり」をしていくのだ。
市レベルで、町レベルで、自然の大切さと環境保全を具体的に考え、実行していく。こうすれば万博に向けて、愛知県全体がクリーンになるし、万博後も残る。


1999/08/03
HSSTだの、無人バスだのはサクサクと決まる。しかし、万博でいったい何をやりたいのか?
会場の交通施設に1000億円使う前に、名古屋市内の交通渋滞を減らす方策を考えるべきではないか。グリーンロードは依然として渋滞しているし、庄内川を渡るのにも10年前から同じ場所で、同じ渋滞にひっかかっている。
交通対策を考えている人って、おそらく役人だと思うけど、もしかしたら官庁の机の上だけで考えている?どれだけ名古屋市内を自分で運転して、走ったことがあるのだろう。
交通渋滞が招く時間的なロス、排気ガス、そして人間へのストレス。HSSTへの1000億円はどれだけ税金が使われるのかわからない。それだけの投資に見合う効果を期待するよりも、道路整備、駐車場整備に使って、この「毎日」の交通渋滞を解消してほしい。


1999/07/24
万博のいろいろな企画に関して、たとえばこのHPでも提案しているソーラーカーレースなどのイベント案について、検討会のようなものを定期的に開催して、提案していくという記事が今日の中日新聞に掲載されていた。
しかし、なぜそのメンバーが、にしかわりゅうじん氏なのか!愛知県とどんな関わりがあるのか?にしかわ氏を非難するつもりはない。人選をした愛知県あるいは万博協会の責任者の見識を疑うのだ。
なぜ、もっと市民を選ばないのか。市民グループでもいいし、学校単位で考えを募集してもいい。これだけ市民の関心が薄いのだ。もっと市民を巻き込むべきだ。加えて、にしかわ氏らにいったいいくら支払っているのか。そこから出てくる案に、いくら支払っているのか。ぜひ明確にしてもらいたい。
市民不在の愛知万博が、どんどん進んでいく。不安だ。


1999/07/09
万博の会場が、なし崩し的に「海上の森」と「青少年公園」に決まっていた。誰が、何の根拠で決めたのか。
さらに会場間のアクセスはシャトルバスにするそうである。しかし、重要なのは、会場までのアクセスだ。以前にも書いたが、青少年公園に通じる名古屋〜長久手線は、平日でも渋滞している。市街からずっと駐車場はない。
会場の中をいかにきれいにしても、周辺は渋滞の嵐なのだ。これほど絶望的な交通アクセスの会場に、2500万人がどのように集まるのか?


1999/07/05
青少年公園との併設を神田知事が発表したとき、瀬戸市の市長や瀬戸に地盤をおく県会議員が、メイン会場やメインパビリオンを青少年公園に取られないようにというような発言をしていた。
瀬戸市長の発言を振り返ると、「万博=地元に金が落ちる」という図式しか見えてこない。じゃあ、瀬戸市が積極的に自然に対して、何かやっているのか?宣言でも出しているのか?否である。相変わらず海上の森の開催にこだわり、自然保護のソフトウエアに対するビジョンは見えない。
利権が絡んでいると思われてもしかたがないのではないか。瀬戸市全体が、一体どれだけ万博に関心があり、自然に対しての考えやアクションがあるのか。誰か答えてほしい。
瀬戸市関連の議員の方、このHPは見ていないと思うけど、反論があったら、いつでも受けます。


1999/06/28
万博会場の分散案として、神田知事が青少年公園の名前をあげた。うーん、またもやご都合主義だ。会場の選考の前に、テーマが忘れられている。何がやりたいのか、ぜんぜん見えてこないのだ。やることを決めずに、会場だけが決められていく。
グリーンロードの会場アクセスは限界がある。とても2500万人なんて無理だし、それによる新たな環境破壊も発生する。誰が、考えているのか。見えない・・・。



1999/06/21
ハノーバー万博がいよいよカウントダウンに入った。日本がオールリサイクル可能な「紙」を使ったパビリオンを出展して話題になっている。プラスの評価も大きいが、環境を破壊している先進国・日本が「何をいまさら、ごまかして」という厳しい批評もあるそうだ。
それは、ある意味正しいと思う。名古屋だって、ゴミ問題に揺れている。処分場だの、ゴミ回収の有料化だの叫ぶ前に、街に散乱するタバコの投げ捨て、アキ缶、ごみ・ゴミ・ごみ・・・。名古屋のごみを見て、処分場の提供を迫られている知多市の市民が「NO」というのも肯ける。


1999/06/08
トヨタが新しく電気自動車を利用した交通システムを発表した。これこそ、愛知万博で実験してみたいシステムだ。知多半島の交通システムとしてぜひ実験してみたい。
ひとつ注文がある。2人乗りのコンパクトな電気自動車なので、利用者が自分の荷物をおけるスペースを「ボックス」のように固有に使えるようにするか、ミニトレーラーのようにクルマの後ろにジョイントできると、利用度が拡大すると思う。


1999/06/05
絶望と希望を持って。粘り強く「愛知万博代替案」をアピールしていくことにした。
オオタカ問題は、愛知県や神田知事の発言に変化を与えてきている。代替開催という言葉がちらほら出てきた。タイムリミットはある。しかし、もっと県民の側に立って、議論をすべきだと思う。
「海上の森」が不適切なら、近くの「愛知青少年公園」でという発想ではなく、根本のテーマから見直し、テーマに沿った開催プランを建てるべきだと思う。名鉄グループの資産(フォレストパークやビーチランドなど)の活用だって可能性はあるはずだ。
万博協会が、県民の高さまで降りてきて、県民が智恵を出し合えば、世界が認める「自然との共生=愛知県」が成立するはずだ。


1999/06/05
今回のオオタカ問題などで、分散開催案も浮上している。しかし、がっかりしたのが、これらの案に対する万博協会の事務局長さんだったかの「自然を生かす方向で、展示方法、パビリオンなどを考えたい」云々との発言である。
この人たちの頭の中には、「自然をそのまま保存する」という発想がなく、「何が何でも海上の森に人工の建造物を建てる」という考えを変える意志がないということである。絶望し、失望した。『自然の叡智』とか『自然との共生』とかりっぱな言葉を掲げながら、「自然をそのまま保存する」という発想がまったく欠如しているのだ。
これが愛知万博の「限界」だと思う。どれほど世界に「自然、自然」と叫んでも、海上の森で開催する限り、自然を破壊することは間違いない。21世紀につなぐための「まったく新しい人類と自然との共生のためのコンセプトの提案」であるなら、既存のパビリオン型のイベントから脱却すべきであるし、そういう「新しい発想のできるスタッフ」を起用すべきではないか。
一連の神田知事や環境庁、通産省の動きには注目していたし、オオタカ保護の声には期待もしていた。しかし、推進サイドに限界が見えたいま、「自然破壊万博」の行く末は予想できる。


1999/06/03
万博開催への疑問。
1。「自然との共生」と謳いながら、なぜこれほど「海上の森」にこだわるのか?
2。万博に関するお金の流れの不透明さ。とくに誘致にかかったお金の総額。


1999/06/01
なぜ、海上の森にそこまでこだわるのか?オオタカの営巣の発見によって、道路工事の一時凍結の発表があった。しかし、明確な代案も出ない。なぜ、「自然との共生」を謳いながら、自然を破壊する万博にこだわるのか。
来訪者の動員予想2500万人にも根拠が薄いし、代案で浮上している青少年公園も、「何をやるのか」根拠が薄い。
もう一度、テーマの根本から議論しなおし、改めて「愛知万博」を考えても、悪くはない。むしろ、ここで無理をして自然破壊の「無意味万博」を開催すれば、21世紀の恥となるだけだ。愛知県には後世に残る借金。誰が責任を取ってくれるのか?


1999/05/29
今日、瀬戸で開かれた市民主催の「愛知万博に関するシンポジウム」に参加してきた。生物学や地質学などの専門の教授らが「海上の森」の自然について具体的に説明してくれた。改めて、海上の森の豊かさを認識できた。
「自然と共生」する万博なら、やはり自然を破壊してまでやるべきではない。既存の施設を利用し、ネットワークを活用した万博を、改めて提唱したい。

海上の森にこだわる理由?利権?これほど豊かな森をあえて開発する理由なんて、どこにもない。愛知県のアセス準備書にも貴重な自然が確認されている。
なのに、これほどこだわるなんて、何か利権があるとしか思えない。海上の森を開発すると、誰かがおいしい思いをしている?マスコミはいまこそ、ここらへんの背景を調査すべきではないの?ジャーナリズムの真価が問われるとき。


1999/05/24
愛知万博に関しての環境アセスの懇談会(?)が開かれたとTVで報じていたが、今回のオオタカについては先送りされたとのことだ。
愛知万博は「自然との共生」をテーマにしているのではないのか?オオタカの営巣がみつかったのなら、すぐに対応しなければいけないのではないのか?テーマばかり耳障りのいいことを世界に公約して、実際の対応がお粗末なのは、公約違反ではないのか?
愛知県がなにをやりたいのか、疑問になってきた。自然を守ろうなどと「フリ」をしているだけで、実際は環境を破壊して、その利権に群がる限られた人たちの財布を潤しているだけではないのか?万博のスケジュールを「国際公約」と主張する万博協会の人たち。自然保護に対応できずに、いつか恥をかくことになるかも。

ところで、「万博」を公約に掲げて当選した「末広まきこ」議員は、いまどうしているのだろう。
万博反対から180度転換して、万博推進派になって自民党入りしたところまでは、マスコミでも報じていた。その後、万博について、末広議員が何かやったという話を聞かない。
議員ってそんなものなのか。だとしたら、これも愛知の恥だ。愛知万博の立ち上げにこんな「国会」議員がかかわっていたなんて、世界の恥だと思う。


1999/05/22
オオタカの問題に関して、中部財界もコメントを出しているが、「瀬戸市・海上の森開催を前提に」という姿勢を崩していない。
どうやらこれが行政の限界なのかもしれないと、若干諦めの境地に入ってきた。いまだに「海上の森」で開催する意図もメリットもよくわからない。愛知万博の公式サイトなどを見ても、敢えて自然を壊してまでも海上の森で開催する理由がよくわからないのだ。唯一あるとすれば、「跡地利用」と大義名分を与えられた「新住宅事業」なのだけど、これも果たして事業として採算が合うのかわからない。


1999/05/19
根拠のない古代の話。
万博会場に予定されている「海上の森」は猿投山から走る活断層の上にある。地下には長久手〜豊田・岡崎にまたがる花崗岩の大きな岩盤のへりとして伊勢湾につながる地下水脈が流れている。
この地域は、なぜ古代から人の手が入っていないのか?海上の森の西側に、活断層に対してほぼ垂直に「古墳群」があるのはなぜか?
古来、この地に人間が入らないように古墳により「結界」は張ってあったのだと思う。活断層と地下水脈で非常に不安定な土地に、あえて人間が居住して、そのバランスを崩さないように、結界があった。


1999/05/18
マスコミが愛知万博を取り上げる機会が増えてきた。とくに中日新聞では、連日神田知事の動向を記事にしている。
しかし、伝えられてくるのは「愛知万博は計画通り進める」ということだけだ。「計画?」具体的にどのような計画がどれだけ進められているのか?誰が、責任をもって、どのような計画を進めているのか。愛知県民に伝わってこない。
知事は計画の見直しも代替開催も、いまとなっては不可能であると発言を繰り返す。その根拠は?なぜ見直しが不可能なのか、中日新聞もぜんぜん取材してくれない。いつも「闇」の中。神田知事の公約であった情報公開は嘘だったのか!
情報をオープンにし、ひろく県民にアピールすれば、もっと良い万博案が出るかもしれない。否、出なくても、「海上の森」での効果的な開催方法についての案が出ることだってある。なのに、いつも情報は「闇の中」だ。
これでは県民の意思統一はできない。県民不在の万博が、強引に進められている。


1999/05/17
名古屋の堀川が市民の署名運動によって「導水」による河川浄化の実験ができそうになった。
市民のパワーが行政を動かす時代に、着実に入ってきていると思う。藤前干潟も同様である。あとは、長良川河口堰そして愛知万博か。
役人や政治家の発想は、なぜか「建築物」に固執している。個人のアイデンティティのように、自らのメモリアルを残すことに異常に執着しているように思える。
逆転の発想ができる政治家や役人が、そろそろ出現してもいいのでは?ソフトウエアを資産として後世に残すことがどれほど価値があるか。「建築物」を否定する勇気を持つことがどれほど価値のあることか。そのことに気づく政治家が出てきてもいいのに。


1999/05/15
万博について、真剣にその意義とテーマ、開催方法を再検討してほしい。
その論点とは、
(1)愛知県で開催する意味。
(2)開催方法。テーマについての県民の意識の確認。
(3)県民が参加できる仕組み。
(4)関連事業(とくに新住宅事業)との切り離し。
である。いちばんの疑問は、住宅事業とのジョイントに愛知県がこだわる理由。


1999/05/12
今日のニュースで「海上の森」でオオタカの営巣が確認されたとの報道があった。
さて、それでも神田知事は、万博はいままで時間をかけて進められてきたものだから・・・と、明確に会場変更の意思は示さなかった。
いまからでも遅くない。もう一度、愛知県民全体で「2005年」について議論すべきだと思う。いまこそ、「愛知万博フォーラム」の開催を提案したい。
協会側、反対各派、代替案提案者が一同に集まって、「愛知万博」についての意見交換、議論をすべきだと思う。ニュートラルな立場で、中日新聞か名古屋JCあたりが主催するといい。


1999/05/11
万博を単なる「箱もの」展示会に留めず、ネットワークを活用しての、世界中の人々が「地球」や「人間」について意見交換できる場をつくりたいと思うようになったきっかけは、こどもの頃のヴェトナム戦争の写真である。
こどもの頃、まだ小学校にも行っていない頃、近くの映画館でヴェトナム戦争のドキュメント映画を上映していた。母親に連れられての買い物の途中にその映画館があり、表に展示してあるヴェトナム戦争のさまざまな写真を見て、こども心に恐怖し、感動した。
そこから、メディアとしての映画や写真のすばらしさに感動し、ヴェトナム戦争の「こどものあたまに砲弾がささっている写真」がトラウマとなり、以後学校を卒業し、就職しても「メディア」に関わる仕事をやっている。
ゴミ問題や環境問題についてはNHKをはじめTVメディアが優れたレポートをしている。それらを見るたびに、リアルタイムでその人たち(例えばドイツでゴミリサイクルに取り組んでいる人たち)と情報交換ができたらどんなに素敵かと思っていた。
それを可能にできるのがテクノロジーであると思う。インターネットの可能性であると思う。
今回、愛知万博私案の中で、ヴァーチャルパビリオンやネットーワークを中心に置いたのも、環境問題や資源問題、自然保護運動などはローカルエリアではなく、ワールドワイドで議論し、活動すべきだと考えるからである。
守るべき自然や人間の生活、文化を言葉の壁や時間・空間的な距離を乗り越えて、人類が共通に体験できる、その意味や価値を共有できるために、ヴァーチャルパビリオンが有効な手段であると考えたからである。テクノロジーを「地球」というキーワードで「良い方向」に使っていく見本を愛知万博で提示できたらと思っている。

それにしても、あまりに無力だと思う。個人がこうしてHPに私案をアップしても、「海上の森」万博はどんどんスケジュール通り進んでいる。
このHPを見た方、何か感じたらぜひメールください。リンクをはっていただけるとありがたいです。
なにせ個人でやっていることなので、資金にも限界があり、かろうじてスポンサーさんの好意でサーバスペースをいただき、アップできました。
もっと具体的にプランをアップしていく予定です。いろいろな考え方とリンクできればと思っています。


1999/05/09
愛知万博について、リアルタイムで感じたことや起こった出来事を「日記」形式で紹介していくことにした。
2年前に「知多半島代替案」を思いつき、ヴァーチャルパビリオン構想とマッチングさせたのが、昨年の夏。資金的な理由で、ようやくHPが開設できたのが昨年の10月だった。
この構想をアップしてから、このHPの存在をメールで知らせたところは、名鉄、南知多町役場、JC名古屋で、そのいずれからも返事はなし。唯一収穫があったのは、瀬戸市民で「海上の森」での開催に反対して、自らHPを開設している上杉さんとコンタクトがとれたこと。氏のアドバイスで4月初めに万博協会サイドの方との懇親会に参加でき、「知多半島代替案」を提出することができた。
ここにきて、オオタカの出現が万博問題に一石を投げかけている。愛知共産党も反対表明をした。あとは、神田知事が公約通り、情報公開をすすめて、万博に関する情報公開を積極的に推進してくれることを期待したい。










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